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第十六話

last update Last Updated: 2025-03-19 09:13:50

(あっ、満月……)

吸い寄せられるようにベランダへと出て、夜空を見上げた。

真っ黒な空の中、ぽっかりと浮かぶ真ん丸の月が、静かに日葵を見下ろしている。

ポロポロと涙がこぼれるのも拭うことなく、ただじっと月を見つめていた。

その時――

カタン

突如、小さな音がして、日葵はハッとしてそちらに目を向けた。

「こっち来て」

静かに響いた声は、薄い防災壁の向こうからだった。

壮一の声。

その言葉の意味をすぐには理解できず、日葵は目を見開いた。

「長谷川、こっちこい」

長谷川、と呼ばれると抵抗できない。

(ずるい)

そう思いながらも、一歩一歩、二人を隔てる壁へと足を踏み出す。

壮一の姿が見えないからこそ、近づくことができる。

「ごめんなさい……」

申し訳なさで、それしか言えなかった。

壁にそっと手を添え、呟くように謝罪の言葉を述べる。

「こっち」

「え?」

不意に響いた壮一の言葉の意味が分からず、日葵は聞き返した。

「長谷川、外を見て」

促され、日葵は視線を外へ向ける。

そこには、壮一の手だけが見えていた。

少し躊躇するような、掠れた声。

その響きに勇気を出し、日葵はそちらへと向かう。

そして――

覗き込むように、壮一の視線と交わった。

「チーフ、本当にご迷惑をおかけして……」

「あーあ」

日葵が言い終わる前に、壮一の声がかぶさる。

その言葉の意味は分からなかった。

でも、なぜか――

壮一が泣きそうに見えた。

日葵は、ただじっと壮一の瞳に映る自分を見つめる。

その綺麗な瞳が揺れていた。

「……悪かった」

静かに響いた言葉に、日葵はブンブンと首を振った。

「私が……」

「いや、俺だって確認すべきだったし、もしかしたら見ていたかもしれない。なのに……あんな頭ごなしに……」

その言葉を聞いた瞬間、ふっと力が抜けた。

ほっとした途端、押し込めていた涙があふれ出す。

嗚咽を漏らした頬に、ふいに温もりが触れた。

驚いて顔を上げると――

「長谷川、泣くな。大丈夫だから」

優しく響く壮一の言葉。

どれだけ、あの冷たい視線が自分を落ち込ませていたのか。

日葵自身、気づいていなかった。

優しく、壮一の指が涙を拭う。

それを拒むことも、何か言葉を発することもできなかった。

ただ、その手が温かくて――

されるがままになっていた。

そっと、頬を壮一の両手が包む。

「ここ、叩いた?」

撫でるように、昼間
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